第二〇章 新しい命と消えゆく命
「お屋形様、ご子息の四郎勝頼様、五郎盛信様が元服いたしました」
「おお、もうそのような年になったか。四郎、五郎」
勝頼・盛信「ははっ」
「力を合わせて武田家の両翼となるのだぞ。義信を助けてやれよ」
勝頼「承知つかまつりまして御座りまする!」 盛信「お任せ下さりませ!」
その後、武田盛信は信濃の名跡仁科家を継ぎ、名を仁科五郎盛信と改めた。
1562年、武田北方遠征軍を任されていた山本勘助が突如として病に倒れた。急の病を聞きつけた晴信は、病床の勘助を見舞った。
「勘助、死んではならぬ!」
「お屋形様・・・。この勘助は、お、お屋形様のお役に立てたで、御座りましょうや」
「おお、役に立った。大いに役に立ったわ」
「お屋形様・・・」
「何じゃ勘助、申してみよ」
「瀬田に、瀬田に御旗をお立てなされませ。武田菱を、京にはためかせるのです・・・」
「勘助!」
「て、てんが、てんがを・・・」
「勘助!目を閉じてはならぬ!しっかりせい勘助!勘助ぃ!!」