第二十九章 動乱の予感
1601年梅雨、昌幸は配下の城主に豊臣家との戦に備えるよう、通達を発した。真田の城の下には兵がぞくぞくと集まりだした。
翌月、豊臣家との同盟が切れた。昌幸はさっそく朝廷に使者を送り、豊臣家を朝敵にするように申し立て、即座に認められた。
「いよいよにござりまするな」
「よし、幸村、戦じゃ」
合戦場は東海道と中山道が十字で結びあう関ヶ原となった。総大将は豊臣秀頼、大谷吉継、戸田勝成、宮部継潤、滝川雄利、蒲生郷舎、可児才蔵、明石全登などの武将が勢揃い。
真田軍は軍議を開いた。
「総大将は豊臣秀頼!」
「うむ」
「秀頼ぎみは笹尾山に陣取られましたか」
「あそこなら戦の趨勢が見渡せるからの」
「中山道筋に明石全登と戸田勝成が陣取っておりまするな」
「笹尾山の麓には滝川雄利、平塚為広」
「笹尾山に辿り着く前に邪魔な砦が一つござりまするが如何致しましょうや」
「まずは向井正綱殿の鉄砲隊で敵を引きつける。その間隙を縫って一挙に秀頼の本陣を突く!」
「承知!」
「御意!」
「本多忠勝殿と水野勝成殿は向井隊の援護!」
「仰せつかまつった!」